犯罪者|永山則夫「元祖少年犯罪」

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柳宿「元祖少年犯罪」の永山則夫

「永山則夫射殺事件とは」・・・・・Wikiより

1968年(昭和43年)10月から11月にかけて、東京都港区・京都府京都市東山区・北海道函館市・愛知県名古屋市の4都道府県において、各犯行当時19歳の少年だった永山則夫が相次いで起こした、拳銃による連続殺人事件である

犯行当時19歳の永山則夫(1990年に死刑確定、1997年に少年死刑囚として死刑執行)がアメリカ海軍・横須賀海軍施設(神奈川県横須賀市)に侵入し、後に凶器として使用される拳銃を盗んだ[注 1]。永山はこの拳銃を用い、社会への復讐のため、短期間のうちに4人を射殺した。なお、被害者の年齢はいずれも当時のものである。

第1の殺人事件

1968年10月11日、東京都港区芝公園の東京プリンスホテルで、綜合警備保障(現愛称:ALSOK)に勤務する27歳のガードマンに対し2発撃って射殺した。

第2の殺人事件

1968年10月14日、京都府京都市東山区祇園町北側の八坂神社で、境内を巡回していた69歳の守衛に対し6発撃って射殺した。

第3の殺人事件

1968年10月26日、北海道函館市で、31歳のタクシー運転手に対し2発撃って射殺した。

第4の殺人事件

1968年11月5日、愛知県名古屋市で22歳のタクシー運転手に対し4発撃って射殺した。

1990年4月17日の第二次上告審判決公判で、最高裁第三小法廷(安岡満彦裁判長)は

「永山が極貧の家庭で出生・成育し、両親から育児を放棄され、両親の愛情を受けられず、自尊感情を形成できず、人生の希望を持てず、学校教育を受けず、識字能力を獲得できていなかったなどの、家庭環境の劣悪性は確かに同情・考慮に値するが、同じ条件下で育った他の兄たちは概ね普通の市民生活を送っており、また上京から3年以上社会生活を送った後に保護観察措置を自ら拒否して逃避した末に連続殺人の犯行を犯していることから、生育環境の劣悪性は4人連続殺人を犯した決定的な原因とは認定できない」

と判断して、永山の上告を棄却する判決を言い渡した。これにより永山の死刑判決が確定した。

以上

引用が長くなりましたが、今から50年前の1968年(昭和43年)、高度経済成長のさなかに、19歳の少年が、全国を逃走しながら無関係の市民4人を月々と射殺するという、ショッキングな事件でした。

★永山は、獄中で「貧困が犯罪を生んだ」という迷言を吐き、社会の同情を買って、死刑を回避しようとしました。

永山の命式を見てみましょう。

 

四柱推命鑑定命式|永山則夫

 

月柱が空亡しているために、羊刃、囚獄、白虎殺という凶星が消え、天乙貴人も死んでしまいました。

 

宿曜占星術

永山の二十八宿は柳宿です。

前の記事で述べたように、知性や教養がないと徹底的な悪人となります。永山は、高校中退で逮捕当時識字能力も不十分でした。

★永山はその意味で「悪の道」に走った典型的な柳宿だと言えるでしょう。

ちなみに、連続射殺事件を起こした1968年は19歳でした。

大運を見ると、17歳~27歳 戊辰―比肩―冠帯

事件は、1968年10月11日~1968年11月5日までに起きました。

 

年運は戊申です。

永山の、命式に子と辰が有りますから、申年が巡ってくると、申―子―辰の三合の成立です。

更に、大運も戊辰で辰ですから、命式の子と年運の申でまたも、申―子―辰の三合の成立です。

★この様に、「二重の三合の成立」が永山を世間を震撼させる凶行に走らせたのでしょう。

死刑が確定した1990年は40歳です。

大運は、37歳~47歳 丙寅―偏印―長生です。

 

確定日は、

・90年 庚午丁

・05月 辛巳丙

・09日 甲戌戊

で、年運の午、日運の戌と大運の寅で、寅―午―戌の三合火局が成立します。

法の厳しいさばきが、永山の「生への執着」を焼き尽くしたと言えるでしょう。

以上

 

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