コーチ|ブライアン・オーサー

黒い戦略家ブライアン・オーサー、その意外なる素顔

私は、この男を見ると、「真央ちゃんを悲劇のレジェンド」にした「バンクーバーの悲劇」を思い出します。

ポンコツだったキムヨナに、無理やり金を取らせた不透明な「政治力?」

ゲイであること等々、良い印象は有りませんでした。

しかし、バンクーバーから8年たち、時間が経つにつれて、2010年2月の「怒り」は沈静化していました。

 

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≪オーサーの人となり≫

「ミスター・トリプルアクセル」

・1984年サラエボオリンピック男子シングル銀メダル。

・1987年世界選手権優勝。

・1988年カルガリーオリンピック男子シングル銀メダル。

カナダ代表として2度の銀メダルを取った立派な実績です。

カルガリーのフリーをご覧ください。

 

「ブライアン対決」と言われた、アメリカ代表のブライアン・ボイタノのフリーもご覧ください。

結局アメリカのブライアンが金を取りました。

 

私の印象では、「ジャンプの切れ」が、ボイタノが一枚上、芸術点では、オーサーに硬さと緊張が感じられました。

それにしても、今と大違いで、「スリム」だったんですね。それと、顔がジャイアント馬場みたいに長かったんですね。そして頭もでかい。

今より顔が長い。もしかして「ダミー」?八頭身ではないですね。

当時最高難度と言われた、トリプルアクセルを飛べる唯一の選手で綽名が「ミスター・トリプルアクセル」

サラエボのフリーで、トリプルアクセルを決めているはずですが、動画を見つけられませんでした。

★ゲイであることは、1998年元配偶者(男性)に慰謝料請求裁判を起こされて発覚しました。

 

≪卓越した「戦略眼」≫

★ポンコツのキム(チ)ヨナに強引に「金」を取らせる。

腰痛で苦しみ、やむを得ず3アクセルへの挑戦を断念し、精神的にも弱かった彼女を、あそこまで成長させた立役者です。

ちなみに、ブライアン・オーサー氏は、キム・ヨナのスケーティングの素質を見抜き、質を極める方法で勝負に挑む方がよりいいと、ヨナを説得したと言われています。

★これは、よく聞く話ですが、トリプルアクセルを飛べる自分が、飛べないボイタノにカルガリーで負けた苦い経験が生きたのでしょうか?

オーサーは、キムチナにスケーティングの基礎から、やり直させ、採点ルールを徹底的に、検証し、「基礎点の完全な底上げ」で、八百長含みの、男子のパトリックチャンをも上回る、「お化け得点」を作り上げたのでしょう。

「出来栄え点(GOE)」の下駄履かせで、オーサーの政治力がものを言ったのでしょう。

フリーライターの猫宮黒埜氏の著書「フィギュアスケート銀盤の疑惑」から、引用します。

 

P82

「ブライアンオーサーがキムヨナのコーチだった時(管理人注;2008年中国杯)に、フリップジャンプのロングエッジ判定に抗議したことが有りました。

抗議は受け付けられないといわれて、「公式に抗議できないなら非公式ルートで抗議する」という名言を吐いた。

・・・中略・・・

非公式ルートとはISU副会長のデビット・ドレ氏に言いつけてやるぞという意味だったのは、誰でも知っています。

その証拠に、キムヨナのリップ(誤ったエッジで跳ぶフリップジャンプのこと)は、相変わらずだったのに、これ以降2013年3月の世界選手権SPまでロングエッジを取られなくなったのです」

 

 

デビット・ドレ

スケートカナダの重鎮、ISU初代副会長。チンクワンタ会長とともにISUの「腐敗の象徴」と言われ、2016年4月8日死去。

チンクも退任し一部の関係者から、「やっとISUの浄化が始まる」との発言も漏れた。

ちなみにチンクワンタは、キムチナを溺愛した。ISU会長専用の妓生だったのでしょう。

 

オッタビオ・チンクワンタ

オッタビオ・チンクワンタ・・・Wikiより

イタリアの国際オリンピック委員会(IOC)委員、国際スケート連盟会長。

ローマ生まれ。元スケート選手で、1994年に国際スケート連盟の会長に就任する。

チンクアンタはスピードスケートの出身だが、スピードスケートやアイスホッケーに比べて競技の世界展開が遅れている

フィギュアスケートの発展のため、大会上位入賞者に対して賞金制度を確立するなどの改革を行い、ISUグランプリシリーズも創設した。

また、医学的見地から体が未成熟な若年層の選手が高得点を出すためにジャンプを多用し、

身体へ過度の負担をかけてしまうことを避けるため大会出場の年齢制限を引き上げた。

最後の「年齢制限の引き上げ」ですが、公式的には、15歳で金を取ったタラ・リピンスキーのプロ転向後の不振を表向きの理由としていますが「本音」は、浅田真央を象徴とする「日本人・ジャンパー」の排除でした。

オーサー氏、やばいお偉いさんと「懇意」だったのですね~。まさか「枕営業」してないでしょうね?

 

≪不世出の天才浅田真央を封じ込めた「戦略眼」≫

天才左腕、優勝請負人、最強の「救援投手」として、君臨した江夏豊。

相手チームは、一点差でリードされても、終盤、江夏が登板すると、一様に諦めムードになりました。

しかし、当時西武ライオンズの広岡達郎監督は、江夏の投球後の守備態勢に「難点」が有ることを見抜き、「プッシュバント」で揺さぶり、江夏のペースをかき乱し、打ち込まれた江夏を降板させました。

敗れた江夏も評価する広岡監督の「対江夏戦略眼」です。

1982年のパリーグ・プレーオフ、西武VS日本ハムです。4分37秒から江夏の登場です。

 

≪キムチナに恩をあだで返されたオーサー≫

 

2010年8月23日、オーサーの所属事務所のIMGが二人の師弟関係の解消を発表し、世界中のメディアが大々的に報道した。

オーサーは8月2日に理由を告げられることなく契約を解除されたと報じられた。 しかし、金側はこれを否定、互いに非難し合う事態になった。

 

真相は、オーサーが金メダル獲得の報奨金を要求したところ、キムチナ母子が火病をおこして、醜聞になったそうです。

★「韓の法則」、今日も順調に「通常運転」ですね(笑)

 

≪羽生弓弦の受け入れ≫

「早く4回転サルコウを教えてくれ」とばかりに意気込んで門をくぐった羽生だったが、最初に与えられた試練は、スケーティングだけの毎日でした。基礎を徹底的に叩き込まれた羽生。その成果は、すぐにあらわれ始めました。

2013年グランプリファイナル優勝、SP「パリの散歩道」では、99.84という歴代最高スコアを記録。

王者パトリック・チャンを下しました。

羽生には、高い演技構成点を誇るパトリック・チャン(カナダ)に対し、技術点勝負を挑ませています。

加点が付く後半に連続ジャンプを集め、4回転もチャンの1種類に対し、2種類跳ばせました。

2013GPFのパトリック・チャンのフリーをご覧ください。

 

次は羽生のフリーです。オーサーの戦略通りですね。

それでは、命式を見てみましょう。

 

四柱推命鑑定命式 ブライアン・オーサー

 

【総合鑑定】命式は身弱だが、乙酉―絶の「天才タイプ」2個の偏印が、「企画力=プログラム構成」と「戦略眼」を発揮する。

十二運を上から見てみると、衰、病、絶、養で身弱です。月令も得ていません。

時柱の未と年柱の丑が冲「ちゅう」を形成します。それで、時柱の空亡は解空(空亡でなくなること)します。しかしその為に、天乙貴人が死んでしまいました。

血刃が2個あるので、アマ時代は怪我が多かったのでしょうか?

宿命星を見ると、偏印や、偏官の凶星が、干合や、制化で凶意が緩和されずに「むき出し」になっています。

しかし、2個の偏印は常人を超えた「企画力」を発揮し、2個の偏官は、弟子を勝たせるための「勝利への執念」を生み出します。

 

 

宿曜占星術

彼の二十八宿は觜宿(ししゅく)です。

口が達者で、金持ちの多い星です。ちなみに觜宿(ししゅく)の觜は「くちばし」の意味です。

羽生は室宿なので、【友・衰の関係】で仲の良い関係なので、ベストな師弟関係といえます。

 

オーサーの、過去からの、年運を見てみましょう。

2010年

正官

念願成就の年です。初めてコーチ業をしたキムチナがバンクーバーで金を取りました。

2018年

正財

財産が増える年です。羽生が五輪2連覇を達成し、コーチ業に箔が付きました。

2022年

印綬

北京冬季五輪の年です。印綬ですから、コーチ業から引退する可能性が有ります。

オーサーと同じ、日柱が乙酉―絶の著名アスリートに、フランスのサッカー選手のジダンがいます。

次はジダンの命式を見てみましょう。

 

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